大阪から秋田へまさかの「移住」。そこで始めた、地域のみんなが気軽に集まれる居場所づくり~「おてら食堂」の挑戦!~
移住先は少子高齢化の進む男鹿市。故郷大阪でのこども食堂参加経験を活かし、こども食堂の立ち上げに挑戦。
――「まさかの移住」というところからのスタートということですが、不安なお気持ちはありませんでしたか?
私は生まれも育ちも大阪で。そこで主人と出会って結婚しましたが、夫が秋田県男鹿市の善法寺の住職として働くことになり、2021年に一家で移住しました。
当初は秋田の情報もまったく知らなかったため、どうしようかなと思ったこともありましたが、後継者として住職になるとしたら、地方のお寺だろうと覚悟はしていましたので「その日がついにきたか」という感じでした。また、ちょうどコロナ禍だったので、子どもたちにとっても、地方のほうが環境はいいのかな?と後ろ向きではなかったです。
そして、子どもたちが年中・年少のときに、一家で男鹿市へやってきて、2年後の2023年にはこども食堂を開始しました。もし大阪の近くに移住だったら、色々と引きずったりしたかもしれませんが、逆に遠かったことで覚悟が決まった!という感じでしたね(笑)。今ではすっかり慣れました!

――移住して2年後、こども食堂立ち上げのきっかけは何だったのでしょうか?
新しく入寺するにあたり、夫婦で「どんなお寺にしたいか」を色々と話し合う中で「気軽に誰でも集えるようなお寺にしたい」と想いが一致していました。
最初は「お寺市」というハンドメイドマーケットをしていたのですが、そこにヨガインストラクターの方がいらっしゃり「お寺の本堂を使ってヨガをさせてくれませんか?」と申し出てくださって始めたり、さらに「お年寄りも集まりやすくなるように、健康教室をやりたい」という声を受けて健康教室を始めたりと、色々な声が集まって自然とイベントが広がっていくこととなりました。そしてその延長として、こども食堂をやってみたいと思うようになりました。
実は私自身の大阪時代は、こども食堂に「参加していた側」だったんです。我が家の子どもたちは自宅以外の場所で色々な人たちと一緒に食事をする体験をとても楽しんでいましたし、私自身も子育てイベントや保育園についてなど、他のお母さんたちと情報交換する場として利用させてもらって、助かっていたので、男鹿でもそうした場をつくれたらと思ったことがきっかけです。こども食堂を立ち上げる際も、大阪のこども食堂の方にアドバイスをいただき、ちょうどそこも同じ「お寺」での開催でしたので大変勉強になりました。



――全国の中で、秋田県はこども食堂の数がまだ多くない県なのですが、こども食堂を新しく立ち上げるにあたってのサポートはいかがでしたか?
秋田県が全面的にバックアップしてくださいました。
立ち上げ時には秋田県内のお寺で開催しているこども食堂の方が来てくださって「最初は保健所に行ったほうがいい」「食器はこうしたらいいよ」などと具体的なアドバイスを受けたりしました。また社協さんはボランティアさんを紹介くださったりと、とても協力的で、準備が進めやすい環境でした。社協の方がつくっているこども食堂応援のサイトにも掲載いただきました。スタートアップの助成などもあり、とっても手厚くサポートしていただいていると思います!
――とてもスムーズに準備を進められたのですね。ちなみに初回はどのくらい人が集まったのですか?
告知は主にチラシを配布していて、地域の小学校、幼稚園、保育園に電話をかけて子どもたちへチラシを配ってもらえるようお願いしていました。「誰でもどうぞ」と受け入れたくて、「人数制限なし・予約なし」で告知していたんです。
「ホームページやSNSからの予約が必要」という制限を設けてしまうと、高齢者の方がデジタルデバイスを使って予約することが難しく、参加しにくくなってしまうのではないかと思って。予約なしで事前に参加人数を把握できなかったので、どれくらいの人数が集まるか不安もありましたが、ものめずらしさからか、初回は百名以上が来てくれました。用意していた80名分くらいのカレーライスが途中から足りなくなり、最後はおにぎりを出したほどでした。
――すごい参加人数ですね!地域住民の方は、最初から「こども食堂」を理解されていたのでしょうか?
立ち上げの当初は「こども食堂に行く=貧困家庭」というイメージの方が多かったですね。「こども食堂に行くと貧困だって思われちゃう」などとネガティブな印象もあったようです。でも2年が経った今では、高齢者の方も多くいらっしゃることもあってか、口コミで「誰もが楽しめる場所」だと少しずつ浸透している様子がわかります。
――どのようにして地域に浸透していったのでしょう?
男鹿市は高齢者数が非常に多く、しかも一人暮らしの方が多いのですが、こども食堂が高齢者の方々の外出の機会にもなっているようです。車一台に乗り合わせて、皆さんで来てくださったり、ご近所さん同士で手をつないで歩いてきたり。学校でもチラシを配っていますので、子ども同士で「今度行くよ」などと会話をしていたり、「子どもたちに誘われたので食べに来ました!」と先生を連れてきてくれることもあります。
子どもも大人も高齢者も!地域のみんなが繋がって出来た、「みんなのためのみんなの居場所」。
――まさに、目指していた「地域の人が気軽に集まる場所」になっていますね。立ち上げから2年が経ち、今はどのように運営されているのでしょうか?
月一回開催で、大体80人くらいが集まります。大人と子ども半々ぐらい。子どもは幼稚園から小学校低学年くらいが多く、お母さん・お父さんと一緒に来て過ごしたり、両親が車で送迎だけしたり、もう少し大きな子どもたちは自転車で来たりもします。
こども食堂の当日は男鹿市の社協さんから紹介していただいたボランティアさんたちが来てくださり、調理などの運営をサポートいただいています。企画や運営は主に私が担っており、チラシ作りやInstagramなどの広報、助成金申請などの事務作業も行っています。一人体制で行っていますので、今後、誰かサポートしてくださる人が増えたら嬉しいなとは思っています。

――食後は皆さん、どのように過ごしているのでしょうか?
食事が終わってからも遊べるように、本堂の中におもちゃやお絵かきの道具、シャボン玉や縄跳び、ボールなどを置いています。近くに公園や体育館、海などもあるので、遊びのバリエーションは豊富です。子どもたちが遊んでいる姿を見つつ、お母さんたちは学校の話など情報交換をして、高齢者の方々は食後にセルフでコーヒーをのんびりと飲みながら子どもたちのにぎやかな声を聞いて楽しんでいます。どの年代にも楽しんでもらえるよう心がけていますね。
――参加者の反応はいかがですか?
男鹿市は子どもがすごく少ないので、高齢者の方たちは「子どもの声を聞くだけで癒される」と喜んでくださっています。また先日は、ボランティアのおじいちゃんが幼稚園ぐらいの男の子と外で遊んでくれていたのですが、その男の子がすごく楽しかったみたいで、翌月も「今月もおじいちゃんに会いに、おてら食堂に行くんだ」とそのおじいちゃん目当てで家族と来てくれました。「今日はおじいちゃんと野球するんだ」と言って、おじいちゃんも大喜びで「よし!」と大張り切り。他にも、おばあちゃんが本堂内で女の子と一緒に折り紙をして楽しんでいる姿も見られ、少しずつ多世代交流も生まれていて、微笑ましく思います。



――「お寺」だからこそ、難しいと感じる点や心がけていることはありますか?
こども食堂の運営には資金がかかり、助成金以外に寄付金も必要としているのですが、お寺という場所で開催していると「宗教法人が運営している」と思われることは多くあります。自分のお寺ではありますが、こども食堂の代表は私で別団体として会計も別に管理しております。こうした仕組みについてはなかなか外部には伝わりにくいことなので、どう伝えるのがよいか、私自身も難しさを感じて日々悩みながら模索しています。
ボランティアの皆さんは自分から手伝いたいと言って参加してくれているメンバーです。初対面同士だったボランティアさん達は準備しながらのおしゃべりが楽しいようで、3年目の今では団結力ばっちりです。
また、檀家さんからも、色んなお野菜などをいただく機会が多く「おてら食堂で使ってね!」「じゃがいもたくさんあるけなどおてら食堂で使う?」など、気にかけていただいて嬉しく思っています。もちろん、食べにも来ていただいており、感想をいただいたり、いただいたお野菜のおすすめ調理法を教えていただいたり檀家さんとの会話の幅が広がり繋がりが強くなった気がします。
――地域のつながり・サポートを感じるエピソードがあれば教えてください。
驚いたことに、先日、馬を飼っている檀家さんが、こども食堂に馬を連れてきてくれました。大きなトラックで二頭です。みんなで人参をあげるなどふれあいを楽しみ、「これは地方のこども食堂ならではの貴重な体験だ!」と感じて嬉しく思いました。本当に大阪にいたときには想像ができないことばかりです!また、農家の方や家庭菜園をしている方から、差し入れもたくさんいただきます。一度、大きなスイカを4玉いただいて、急遽スイカ割り大会を開催した日もありました(笑)。また横手市のこども食堂さまから乾麺を沢山いただいてラーメンをメニューに加えた日もありました。地域のつながりの中で、いろいろな形で周りの皆さんに支えていただいて、本当に感謝しています。


――最後に、美紀さんにとっての「おてら食堂」はどんな場所ですか?
おてら食堂の運営は、大変というよりかは私にとっての楽しみであり、癒しですね。普段会えない方とお話しをしたり、情報をいただいたりするので、私にとってもありがたい場になっていると感じています。周囲の方の支えがあってこそ、続けられています。この先も地域の皆さんと一緒に、楽しく続けられるといいなと思っています。